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飛騨高山よしま農園は、無添加赤かぶ漬けと無農薬自然栽培野菜農家です

電話でのお問い合わせ・ご注文は TEL.0577-33-6216

〒506-0044 岐阜県高山市上切町378

よしま農園のお漬物製造秘話、
無添加製法の背景と、その物語
company

朝市のお漬物

 冷涼な山国の暮らしに漬物づくりは欠かせない。台所で育まれる発酵の妙を遠く離れた食卓で味わおうとすれば作り手は品質保持に苦心します。
 減塩ブームと温暖化の重なりに万能薬のように使われる添加物。そんな時流に一石を投じる朝市の漬物屋を飛騨に訪ねました。

 漬物ステーキをご存じだろうか。標高6百メートル近い岐阜県高山市は冬場、日が沈むと氷点下に冷え込む。そんな晩には酒と肴が欲しいが、雪に埋もれた畑に青物はない。


そこで古漬を刻んで熱した鉄皿にのせ、卵を落として酸味をほどよく和ませる。世にも珍しいこの味を覚えると、懐が深い山国の食文化を敬わずにはいられない。  「昔はどの家にも北東の光の差しこまない漬物部屋があり、大概そこに四つほどの桶が並んでいました。一つは味噌、二つは漬物用。それに自家製醤油を仕込んだ桶と。漬物文化は冬の青物不足を補う知恵でした。

けれど20年くらい前から、各家で代々続いた自家製の漬物作りの風習が廃れてしまい、漬物桶も焚き木にされたりしていました」  そう語るのは飛騨人で4児の父でもある与嶋靖智(よしまやすのり)さん(1974年生まれ))。九州東海大で米作を学んだ農家5代目だが、飛騨に戻ると「未来がない」という周囲の反対をよそに後を継ぐと宣言。2.5ヘクタールの畑づくりと、祖母と母親が培った漬物づくりを受け継いだ。


 当地には江戸期から続く朝市が二つ立つ。南北に流れる宮川の橋と橋を挟む川端がその一つで、毎朝7時には花や野菜や醸造品を並べた露店で埋まる。母の悦子さん(63歳)も笑みを絶やさず店先一時間半で漬物を商う。半日売ると午後から畑仕事や仕込みに励む。この宮川朝市は農家の大切な直売所なのだ。150軒を超えた40年ほど前、祖母がリヤカーで赤かぶなど自慢の野菜を運んで売った。高齢化で今は空きも目立つが、多くの農家が漬物の味を競いあう。


時流にもまれた朝市

 古来、朝市にはプロが開店前に仕入れにきたり、地元客が食材探しに集まってきた。
与嶋家の漬物づくりは40年前、祖母と母が朝市向けに始めたファミリービジネスである。「ナスや大根を買いたくても、重くて持ち帰れない」。そんな声に自家製漬物の直売を思いつき、季節毎の漬物づくりに挑んだ。

やがて国鉄(当時)の「ディスカバージャパン」到来で、朝市も一躍注目されて観光化。人波を前に、野に咲く花を摘んで並べても売れる時代だった。対面販売歴20年の悦子さんがその移り変わりを話す。  
「毎日出ていると、お客さんが漬物を試食した様子ですぐ反応が分かります。いまでこそ無添加ですけど、昔は化学調味料が入らないと、物足りないという方が大勢いらした。家庭で漬けるならともかく、独特の風味をもつ伝統野菜の赤かぶ漬は土産物として受け入れられにくかった。それで化学調味料を当たり前に加えていました」
宮川朝市



 旅は味覚の思い出作り。祖母は無肥料無農薬で野菜を作っていたにもかかわらず、押寄せる観光客の舌に合わせて漬物に食品添加物を入れざるを得なかった。5代目曰く「なかには製造が追いつかず、メーカー品を買いつけ、別の袋に詰め替えて売る人や、味つけし直す店まであった。ラッキョウ漬も中国産をリパックしないと、あんな安値にはなりません。

2004年に加工食品類の原料原産地表示などが義務化されるまで、みな抵抗感もありませんでした」  折しも実家が高速道路の予定地に入り、田畑や住まいも代替地で一新を余儀なくされ、心機一転の好機だった。


そんなある日、家族会議を開く。「『食は人が良くなる』と書くとも聞く。少なくとも人に悪い食品は作りたくない。売れなくてもいい、これからは自分たちの納得のいくものを作ろう。本当の意味で、お客に害のないものを作って売ろう」  腹を決めると早かった。化学調味料も抜き、食塩は天日塩に替え、無添加でプラスチック桶に仕込んだ。だがそれを店先に並べてみると予想外の売上げ減少。漬物らしさが、いつのまにか消えていた。



木桶に宿る命

 子どもの頃からうまい漬物を食べつけていたのに、なぜあの味が再現できないのか。漬物桶がプラスチック製になって、近隣の年寄りも同じことを口にした。いくら軽くて作業は楽でも、風味が別物なのだと。

 「考えたら、家で毎朝食べていた頃は、みな木桶に漬けていました。それで木桶に秘密があるのかもしれないと。でも売るほど仕込むには、木桶をあちこちからかき集めないといけない」  この話題が、地元紙のローカル版で記事になる。  長年使い込んだ漬物桶に格別な愛着を抱くお婆ちゃんたち。それを大切に使う物語に、「譲りたい」という声が続々と届く。結局、手元に集まった木桶は50個以上。
漬物木桶

百リットルから3百リットルまで大小まちまちで、古くは天保時代の桶まである。桶は使わないとどんどん朽ちる。年に一度の漬け込みが漏れを防いで桶の命を延ばす。乾燥し過ぎると水分が抜けて用を成さない。緩めば竹のタガを締め直す。だが地元の桶屋さんは老齢で、新調はおろか修繕も難しい。幸い靖智さんの弟が伝統工法の大工だった。  

「昔の道具をちゃんと使いこなしたい」と願い、弟に修理法を授けてもらった。漬物桶は水に強いサワラ材が良く、大きな酒桶や味噌桶はスギ材を使う。中味も重くて頑丈な味噌用と比べ、漬物用は華奢である。タガに用いる竹も外来種の孟宗(もうそう)竹(ちく)でなく、破竹や紫竹など地元産のものがいい。

 靖智さんはいつも心のどこかで発酵を楽しんでいた。三重の畑で無肥料無農薬で栽培された大根を、冬の空っ風・鈴鹿おろしで干した後、飛騨でたくあん漬に仕込む。干すと自然に酵母菌がつくが、飛騨だとそれより先に大根が凍りつく。量産メーカーは大根を漬けるプラ桶に菌体を入れて片がつく。けれどそれでは仕事は楽しめない。



寒さに強い乳酸菌

 
もとより山国の漬物は晩秋に仕込む。それを夏も作るとなれば、人工的に冬を用意しないといけない。さもないと春や夏の気温では、酸っぱくなり過ぎる。つまり漬物つくりの要は発酵を手伝う菌類をどうコントロールするかに尽きる。

『よしま農園』の大きな冷蔵庫の中は初冬の頃の3℃。そこに腰高サイズの木桶をぎっしり詰め込む。乳酸菌はもともと寒さに強く、気温が1度や2度でも発酵する。ほかの雑菌の働きが鈍る寒の時期にこそ、乳酸発酵がうまく進む。寒仕込みは理にもかなう。有難いことに酸素のない環境下でも、糖類を分解して乳酸を生む。保健所は木桶に漬けるのを「衛生上の理由」で嫌うけれど、プラ桶を使えば自然な発酵の流れからは遠ざかる。プラ桶が、発酵を促す菌には棲みづらい。  野菜類を発酵させて漬物に変える乳酸菌は、そもそも空気中を漂う。野菜そのものにしっかり付着している。それで下準備は水洗いに留める。


全体に塩をまぶすと浸透圧で水分が滲み出し、野菜の旨味が凝縮されて食物繊維と栄養素はそっくり残る。
漬物の乳酸発酵

乳酸菌の力が弱いと思えば、漬け込む際に米糠をわずかに足す。すると乳酸菌が農作物の糖類に反応して、発酵中にビタミン類を増やすので、食べると冬の体が整う。


 で発酵時間の短い浅漬の流行が、どこへ向かうのかといえば、風味より食感である。

たとえば京都は冬も青物が食べられるし、漬物が乳酸菌に守られた保存食でなくても良い。むしろ千枚漬などの京漬系は、漬物というよりサラダ感覚に近い。
古漬が苦手な京人(きょうびと)が多いのも頷ける。地域によって思いのほか勝手自在な漬物生活だ。



不安と誘惑

 
 食品添加物はなぜこうも広まったのか。たとえば春先の桶出し分と、初秋の桶出し分では、漬物の味も当然ちがう。それを加工品として店頭に並べると、客はおしなべて平準化した味を望む。作り手は味がデコボコになる背景を、予め客に知らせていないといけない。

ご納得頂くには対面販売がいい。その点、作り手が売る朝市は都合がいい。

けれど作る側にも不安感は残るので、手っ取り早く添加物で切り抜けようとする。ことに観光地は全国から旅人が集まる。漬けたばかりの浅漬が好みの客もいれば、強い酸っぱさを好む者もいる。ひと夏こすと漬物の酸味と旨味は別世界だ。


それなのに万人受けを狙うと、「ああすれば、こうなる」式の効率の良い量産第一をめざして、食品業者は添加物に逃げ込む。  

食品添加物の素性は大まかに分けて五つ。一つは豆腐のにがりのように食品製造に必要なもの。二つめは食品の保存性を高めて、食中毒を防ぐためのもの。三つめは食品の品質を高めるためのもの。四つめは風味や外観をよくするためのもの。五つめは栄養価そのものを補充するためのもの。


なかでも気をつけないといけないのは、保存性を高める添加物と、風味や外観をよくするための添加物だろう。内外の食材が入り乱れる日本で1日平均60種の食品類から、毎日平均10グラム、年に約4キログラムの添加物を、私たちは自覚せず体内に取り込んでいる。  また、漬物の減塩化は冷蔵や加熱殺菌やプラスチックの真空包装など、技術の進歩に辛うじて支えられていると言ってもよい。

特に熱湯消毒「85度で20分」という安全の目安は大きい。これで漬物に歯応えを残しつつ悪玉菌を抑え込む。よしま農園では蔵出しする漬物の7割を朝市で売り、残り3割は通販、ごく僅かを市内の小売店や飲食店に卸す。

家では簡単な浅漬も店頭に置けば色が悪くなる。だからキュウリは粕漬と古漬しか作らない。多くの業者が客の顔色を窺い添加物を足す。だが与嶋さん一家は無添加を貫いて自然の法則を多く学んだ。その後、宮川朝市協同組合は、詰め替えや外国産の原材料と農産加工品を一切扱わないことを英断。朝市が農家の晴舞台だという事実に気づき、地場産だけを扱う直売所本来の姿に立ち返りはじめた。めでたし。
無添加漬物



漬物の未来

 よしま農園が作る漬物の6割は、赤かぶ漬だ。デリケートな伝統野菜なので連作障害にも悩まされるし、風土も選ぶ。9月初旬に種まきをして11月に収穫。収穫期と漬け込みが重なるため、自分の畑にはあまり植えず周辺農家に育ててもらう。肥料過多の野菜は発酵力が乏しく、傷みやすく味も悪いという。なるべく化成肥料は控えるように頼むものの、昔のクセが抜けず取引を諦めた農家もある。農業の効率化と過剰な生産管理に馴らされると人は想像力を失う。


 木桶に最低3カ月、中には1年モノもある。漬物石を上に置いて寝かす間は、揺らしても触れてもいけない。それでも何かを誤り、泣く泣く1桶分を廃棄する例もある。著しい気候変動に自問自答の日々が続く。無事に漬けあがると真水で表面を洗って形を整える。袋詰めしたら真空パック器で密封し、85度のぬるいサウナ風呂にこもるような火入れで発酵を止める。


 「浅漬風味とかはこれと同じ様にいきません。シャキシャキ感が命の浅漬は、熱を加えると身が柔らかくなってしまう。それでpH調整剤やビタミンCなど、酸化防止剤を加える流れになる。表向きはこれでより家庭の味に近づく。京都みたいにご近所さんが漬物を毎日買いに来るなら、無添加の浅漬の量産もかなうでしょう」

 乳酸菌を制する者が漬物を制す。その原理をおさらいすれば、野菜が含む細胞液と漬液を置換させると、漬液の味が細胞に入り、貯蔵性と風味が増す。塩分濃度が5%以内なら乳酸菌は元気に発酵して数日(浅漬)で風味もつくるけれど長持ちはしない。12%以上だと乳酸菌の活動は抑えられ、15%を超すと殆どの腐敗菌から守られ長期保存(古漬)が可能になる。この発酵食品の原点から目を逸らすと、食文化を土地の記憶として残していくのが困難になる。


「食べものは人間の精神性を培います。だから食べものを手がける農家自身も、精神性を高めないといけません」。精神性を欠いた仕事は、長続きしないのだ。  経済の低迷で、身の丈に合う良いものを少しだけ楽しむ生き方が好感を呼ぶ。だから気候風土を味方につけて、コンパクトで昔ながらの漬物づくりに目覚めた。



「スモール・イズ・ビューティフルですよ」と笑顔の靖智さん。38年前に一世を風靡した経済学者シューマッハの言葉に、山国の農家でまさか出合うとは。この漬物像の重みが、どこへ着地するか見届けたい。 [2011、冬]



著者 瀬戸山 玄
世のなか、食のなか(2013)
p004〜052